藤岡 寛生(ふじおか ひろき、1966年10月18日 - )は、兵庫県神戸市北区出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。
来歴・人物
三田学園高から、1984年のプロ野球ドラフト会議で読売ジャイアンツから2位指名を受け入団。
ドラフト前に「巨人以外に指名されたら、(実家の寺を継いで)坊さんになる」と宣言し、各球団のスカウトを敵に回し、「お前みたいな奴は巨人に入れ。ウチの投手はみんなお前の頭を狙うよ」と啖呵を切られたが、巨人入団を果たしている。
1987年は、二軍で.316、11本塁打、52打点を記録してイースタン・リーグ打点王を獲得。
プロ6年目の1990年に一軍デビューを果たす。
1992年12月、戦力外を経て日本ハムファイターズにテスト入団で移籍。
1993年は主に控えとして活躍した。
1994年はイースタン・リーグでの西武ライオンズ戦で守備中に走者と激突して骨折、視力低下と怪我を負った。
1995年限りで現役を引退。
引退後は電設会社に勤務。順調に仕事をこなしていたが、生家は江戸時代創建の寺院・照願寺であり、34歳の時に父親が倒れたのを機に実家の寺を継ぐことを決意する。
2002年に僧侶資格を取得し、2016年10月より照願寺の住職となった。
詳細情報
年度別打撃成績
記録
- 初出場:1990年4月22日、対阪神タイガース6回戦(東京ドーム)、8回裏に岡崎郁の代打として出場
- 初打席:同上、8回裏に仲田幸司の前に三振
- 初安打:1990年4月29日、対ヤクルトスワローズ4回戦(明治神宮野球場)、7回表に矢野和哉から単打
- 初先発出場:1993年6月2日、対近鉄バファローズ9回戦(東京ドーム)、9番・三塁手
- 初打点:1994年6月3日、対千葉ロッテマリーンズ9回戦(千葉マリンスタジアム)、7回表に園川一美から中犠飛
背番号
- 36 (1985年 - 1992年)
- 53 (1993年 - 1995年)
脚注
関連項目
- 兵庫県出身の人物一覧
- 読売ジャイアンツの選手一覧
- 北海道日本ハムファイターズの選手一覧
外部リンク
- 個人年度別成績 藤岡寛生 - NPB.jp 日本野球機構



